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2012/02/03

ALWAYS 三丁目の夕日`64

Alw3様々な『幸せ』が描かれるこの映画の、『映画的幸せ』はどこに宿っているだろうか。

個人的には、その幸せは鈴木家に宿っている。観ているだけで幸せを感じられるのが鈴木家のシーンだからだ。

いかにも昭和的な、がさつさとやさしさ、包容力を兼ね備えた堤真一と薬師丸ひろ子の夫婦は絶品。そこに、朴訥とした東北訛りの堀北真希(このシリーズでは、ほんとうに奇跡のようにかわいく撮れている)がからむ。セリフが無くても、その表情やしぐさだけで観客に笑いや感動をもたらす。ずっとこの一家だけを観ていたいくらいです。

しかし映画の世界の『主演』と『助演』の壁は果てしなく厚い。どんなに鈴木家が完璧でも、鈴木家はあくまでも『助演』。このシリーズが日本アカデミー賞などを受賞するにあたっては、『主演』もう一つの家族、茶川家なのです。

鈴木家と茶川家のシーンを観比べると、よくわかると思うのです。茶川家のシーンは、あきらかに余計なだめ押し的なセリフが多いです。言わなくたってわかるようなことを、説明的に、ぼつりと口に出すことがよくあります。それはもちろん演出の違いもあるでしょうが、演技だけで多くのことを感じさせるという点で、あきらかに鈴木家の方がレベルが高いと思います。

それでも鈴木家は『助演』賞止まり。もちろん『主演』と『助演』に価値の上下があるわけではありませんが、どっちがこの映画を支えてるのかを考えれば、ちょっと不公平な感じがするのですよねぇ。
わたしにとって、このシリーズの唯一の不満は、決して鈴木家が『主演』にならないことなのです。

7/100

#404

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