ゴールデンスランバー/伊坂幸太郎
今度は間に合う
伊坂幸太郎の小説は、ちょっと独特です。私たちの世界と似ているけれど、まったく架空の世界。そこで繰り広げられる、かなり個性的なキャラクターたちがからみ合う複雑な展開の物語。そんな彼の小説のモチーフは、デビュー当時からあまり変わっていないようです。
多彩な伏線や、スタイリッシュなキャラクターの浮世離れしたセリフ。そんな特徴を持つ彼の小説は、決してリアルなものではありません。そのため彼の小説の感動も、リアルな感動でないものが多かった気がします。その世界やキャラクター達の有り様をちゃんと読み取って、それに沿って感情を推測してあげることで感動が訪れる。ダイレクトに響いてくるのではなく、間接的に伝わってくる。『どばっと』泣けるのではなく、『ああなるほど』と泣ける。そんな『知的な感動』とでもいう感覚、良くも悪くもそれが彼の小説の特徴だったのではないでしょうか。
しかし本作を読むと、今までの彼の小説にはなかったような『ダイレクト感』が感じられるような気がします。もちろんいつものように荒唐無稽な話です。物語はあり得ないような偶然で多くの登場人物が関わり合っていきます。そう、今まで通り、別にリアルな物語ではないのです。しかし本作で、決定的にリアルなものがあります。それは主人公が陥った苦難と、主人公が味わうやるせなさです。
もちろんリアルといっても、首相暗殺犯となることがリアルなのではありません。まるで悪意を感じさせるような唐突さで、安らかだった時に戻れなくなること。それこそが、誰の人生にでも起こりえる『リアル』なのです。誰もがいつの間にか、戻れないくらい遠くに来てしまうのです。そしてその『リアル』に対する本作の回答。『黄金のまどろみ』には、いくら嘆いても戻れない。でも主人公が前に進もうとするならば、偶然の出会いと、『信頼』が、きっと支えになってくれる。そしてそれもまた、誰にも起こりえる真実なのです。
そんな強力なリアル感によって、本作は彼の作品には珍しい『どばっと』泣ける作品となっているのです。もちろん伏線の回収も見事の一言。惚れ惚れするように手際よく、あらゆるもが収束していきます。彼らしい技巧と、今までにない感動の力強さ。同じようなモチーフでありながら、彼は着実に進化している。もし映画化がかなり上手くいったとしても、たぶんここまでは無理でしょう。なので出来れば、ぜひ、読んでから観に行きましょう。
そしてなによりも、彼は音楽好きなのがよい。
なぜなら、音楽好きは『信頼』できるから。
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