容疑者Xの献身/東野圭吾
物理学 × 数学 = ?
推理小説は犯人捜しの物語だけれども、中にはそうでないもの、あらかじめ犯人が解っているものもあります。探偵には犯人が解っている。でも状況から見てその犯人には犯行が不可能。では一体犯人はどんな手を使ったのか?推理小説としての「謎」が、犯人そのものではなくて、犯人の使った「トリック」に存在するのがこのタイプの特徴です。
「探偵ガリレオ」シリーズ初の長編である本作は、このタイプのヴァリエーションにあたるものです。間もなく公開される映画の予告編や配役を見ただけでも、誰と誰が対決することになるのかは一目瞭然だと思います。
ガリレオシリーズは、物理学者・湯川の冷静沈着な分析と、その物理学的知識によって謎を解いていく部分が売りとなっているのですが、その意味では本作はちょっと異色な作品であるといえるでしょう。湯川の「私情」が強く描かれている本作は、いつも冷静な湯川が冷静ではいられない「プライベート」な事件として描かれているのです。そんな本作はぜひ前2冊の短編集を(たとえ1冊でも)読んでから読むべきであるといえるでしょう。もちろん一つの小説として独立して読むことはできます。でも「冷静な湯川」を知らずに読んだ場合には、本作の特殊性がほとんど伝わらないことは確かです。乱暴な言い方をしてしまうと、本作はあくまでも「ファン向けの番外編」なのです。
そして、この「私情」の部分が本作の特徴でありながら弱点であるともいえます。湯川を揺り動かす「私情」のもとになっている「友情」。その強さを、あまり読者に印象づけることができていないのです。どんなに学者としての能力を尊敬していても、それは「友情」とは違うもの。ここをもっと強化できたなら、最後の感動も、もっともっと大きなものになったはずなのですが。
映画版の堤真一は、小説のキャラクターと比較するとかなり個性が強い。その強さがプロットの破綻に繋がる可能性もあるけれど、その強さでキャラクターの個性を増強して、湯川との友情をもっと違った形でしっかり描けたら。結構期待できるかも知れませんよ。
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