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2008/08/03

ハプニング

Hpg 1日目に1セント、2日目に2セント…

最近とみに評判を落としている「どんでん返し監督」M・ナイト・シャマラン。そんな彼の最新作である本作は、前作「レディ・イン・ザ・ウォーター」に続いての「オチ無し、ひねり無し」作品である。当然受けはよくないだろうけれど、個人的には悪くはない作品だった。ショッキング描写などはかなりのもので、素直に「怖い」と思える。スリラーとしては上出来ではないだろうか。

原因不明の災厄で人類が死滅に向かう。近年では、いわゆる「ゾンビ化」が定番である。親しい人たちが凶暴化し、襲いかかってくる。それはそれで怖い。でも本作の災厄も怖い。人がどんどん勝手に自壊していく。ただ死んでいく。それは襲いかかられるよりも、遙かに恐ろしかった。増えすぎた個体が環境が保持できる臨界点を超えた瞬間。そんな種としての限界点を見せつけられるような恐ろしさだった。

そして本作の災厄は「顔」が見えないまま終わる。しかし本作の災厄は「顔」のかわりに「意思」を与えられている。本作は「環境警鐘もの」といえる作品だろう。しかし本作で描かれる「意思」は、「環境は人に破壊されるもの、人が救ってあげなくてはならない脆弱なもの」といった、人間の「上から目線」を冷たく拒絶する。前作でも感じられた「寓話性」。それが本作からも強く感じられ、またその「寓話性」が前作同様に「ひねりのない」ストーリー展開に繋がっているのだろう。寓話は教訓であり、ひねりは必要ないのだから。

そして寓話はまた、希望の物語でもある。人が集まりすぎると死んでしまう。でも一人になっても死んでしまうのだ。周りを食らいつくすほど貪欲だけれども、一人では生きられないほど脆弱なのだ。結局人はつながりのなかに、希望を見いだしていかざるを得ない。そしてそんな人のつながりを、本作は決して否定していない。

お金持ちで育ちが良さそうで、何となくひ弱そうな印象のシャマラン監督。でも皆が期待するものとは全く対極にある作品を、対極にある哲学の作品を2作も続けて撮ってしまった。そして前作でさんざん批判された「出過ぎ」に対する本作での回答。

意外と頑固な男、M・ナイト・シャマラン。次もがんばれ、応援してるよ。

#186

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» 風と共に去りぬ [MESCALINE DRIVE]
どこまで逃げればいいのか何から逃げればいいのかわからない恐怖は凄絶で、生存の確証の何もないままに逃避行が果てしなく続く。M・ナイト・シャマランの最新作「ハプニング」を観た。インド人もビックリだ!日本印度化計画だ。... [続きを読む]

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