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2008/02/08

沙門空海唐の国にて鬼と宴す/夢枕獏

Kuukai 今宵は、我ら五十年の宴ぞ

夢枕獏の歴史ものというと、コミックや映画にもなった「陰陽師」シリーズがまず思い起こされる。そして空海を主人公とした本作は、登場人物や舞台設定こそ全くことなれど、まるで「陰陽師」と双子のような相似点を持った作品だ。

主人公である空海は、晴明ほどの人間離れしたスーパースターではないけれど、それでも晴明同様言葉の力を駆使して、からみ合った因縁をときほぐしてゆく。そしてその相棒として設定されている逸勢。超人・空海に対する人間・逸勢として、ともすれば人間味を失いがちな空海のキャラクターをうまくフォローする役割をはたす。これも晴明に対する博雅の機能と全く同じものである。

また物語の構成も「陰陽師」が連作短編、本作が長編という違いはあれ、小さな事件の解決を積み重ねながら、その背後により大きな事件を浮かび上がらせるというお馴染みのものだ。

ただこれらの相似点は、マンネリと言うよりも著者の意図的なものだろう。「そういうこととなった」「おまえはよい漢だ」などの名(?)セリフが使い回されていることからも、本作は「陰陽師」のパラレルワールド的な存在として生み出されたことがうかがえる。

本作を手に取ろうとする方は、全4冊という長さに尻込みするかもしれない。たしかに難点もある。長さの割には小事件が少なく、大事件も全編を通して1つということから、やや間延びした感もある。また連載小説であった本作の連載期間が17年という長期に渡ったせいか、「これまでのあらすじ」的な説明が繰り返され、くどく感じる部分もあった。

それでも最終巻で繰り広げられる宴は。各登場人物がそれぞれ楽器を手にし、月明かりの中で演奏を始めた瞬間のその空気の美しさは。音楽や言葉や舞の持つ計り知れない力と、それらに託される人間の、弱くて愚かな人間の想いは。鳥肌が立つほど感動的だ。

「陰陽師」を読んでいない人は「陰陽師」を

「陰陽師」を読んでしまった人は、ぜひ4冊つき合って、宴の素晴らしさを感じて欲しい。

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