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2006/11/24

炎のメモリアル

Lad 消防士ジャックは、不運にも火災現場に一人閉じこめられてしまう。彼の脳裏によぎるのは、愛する家族と仲間たちとのこれまでの人生だった。

消防士をテーマにした映画といえば「タワーリング・インフェルノ」や「バックドラフト」などが思い浮かぶが、それらの作品と比べて本作は、アクション色は薄くとても静かな映画であるといえる。

冒頭でいきなりジャックは事故に巻き込まれ、それ以降はジャックの脱出行を間に挟みながらも、基本的にはジャックが回想する自らの半生が映画の中心となっている。ジャックの消防士としての半生を描く回想シーンは、消防士仲間とのふれあいや妻との出会い、そして子供の誕生と成長など、ごくごく普通で特にドラマティックな内容ではない。そう、本作はいわゆる「ドラマティック(劇的)」なストーリーを描くことを主題とはしていないのだ。

また「危機的状況での回想」という状況からして、映画冒頭から主人公ジャックの死は暗示されているといえる。つまり本来であるならば映画のクライマックスとして設定されるべき「主人公の生死」によって観客の興味を引くことさえ、本作ではあまり重視されていないのだ。

では、本作が描こうとしたものは何だろう。

回想シーンで描かれるエピソードは、前述の通りごくごく平凡なもの。職業柄、同僚の死なども描かれるが、基本的には誰もが体験するような人生の一シーンが淡々と描かれていく。そしてここで効いてくるのが冒頭で暗示されている「ジャックの死」なのだ。「ジャックの死」を前提にこれらの平凡なエピソードを見ることで、これらの日常の「平凡さ」がどれだけ素晴らしく、どれだけかけがえのないものだったのかが観客に実感されるのだ。

「死」は消防士だけのものではない。私たちも皆、ジャックと同じところに向かって進んでいる。その時に実感することになる、何気ない日々の何気ない幸せ。もしそれらを実感しながら日々を過ごしていけるなら、人生をすこし違ったものにできるかもしれない。

失ってから気がつく幸せを、失う前に実感できるならば。

#114

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